「気持ちだけ」
朝起きるともう、あいつはいなかった。
始発の電車に乗ると言っていたから、もうだいぶ前に家を出たんだろう。
携帯のランプが点滅して、メールが来ていると知らせている。
トイレにも行きたかったが、とりあえず確認。
あいつからだ。
「気持ちだけもらっとくわ」
ハッとして部屋を見わたす。
あいつの鞄の奥に入れておいたはずの封筒が、冷蔵庫にマグネットで貼り付けてあった。
みつかったか・・・
封筒には一万円札を入れておいていた。
コンビで初めてテレビに出たときのギャラだ。
なんとなく使えずに、なんとなく取っておいた。
そんな一万円札。
祝儀であり、嫌味。
芸人を辞めて、故郷へ帰って、結婚するという、
あいつへの、俺からの、祝儀であり、
精一杯の、嫌味。
だった。
それすらも、あいつは受け取らずに置いていった。
携帯を手に取り、アドレス帳から今夜飲みに付き合ってくれそうな後輩を探す。
めぼしい奴に電話。
呼び出し音が鳴る。
その間に封筒を取りに行く。
使っちまえ、こんな金。
封筒から千円札を抜き取り、財布にいれ
・・千円?!
慌てて電話を切る。
「気持ちだけもらっとくわ」
何が気持ちだけだ!!
俺の気持ちが九千円みたいじゃねーか!!
また、
使えないお金が手元に残った。