「不吉の眠る街」





売春婦達が哀しみの歌を唄う路地で

彼は産まれた

哀しみに満ちた歌声に混ざって奏でられた産声には、この世の不吉のほとんどが含まれていた




彼の誕生は母親と赤い目をした黒猫だけが知っていた

彼を捨ててその場を去った母を横目で見ながら黒猫は彼をくわえて公園に行った




黒猫の赤い目が映り込んだ彼の目の中は夜の闇が渦となり中央へと集まっていた

黒猫の赤い目もまた例外無く彼の目の中央に引き寄せられていった




その光景をみていたのは公園に住む汚い男だった

汚い男は赤い目をした黒猫を追い払うと彼を大事そうに抱え込み唯一持っていたオレンジを一欠片彼に食べさせた

大して喜ぶ事もしない彼の目の中央には赤い目をした黒猫が大きく歪みながら中央に吸い寄せられていた

そのうちに赤い目をした黒猫は彼の目の中央に姿を消し次には汚い男が現れた

汚い男は喜び小躍りをし彼を落としてその場を去って行った




汚い男が彼を落とした場所は公園のトイレの前だった

トイレの前はある意味一番良い場所だった

人が集まるからだ

トイレの前に置き去りにされた彼は同情を買い食べ物を与えられて育つ事ができた




十歳になった彼の遊びはもっぱら売春婦達の泣きまねと直線を曲線にして遊ぶ事だった

直線を曲げる事によって生まれる長さの矛盾を彼は毎日のように楽しんだ




彼には母の概念があった

自分を産んだ人という認識で他の人間が思う所謂母親とは一線を画してはいるが彼には自分の思う自分を産み落とした人がいた




彼は女子トイレのマークを母と呼んだ

言葉を話す事は出来ないので彼なりの母親の概念で彼なりの言葉で

彼は女子トイレのマークを母と呼んだ




女子トイレの赤いマークが

彼の目の中心に吸い寄せられて

歪んで消えた


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