「そう思って僕は、彼女に嘘をつかない事にした」
僕には一緒に住んでいる彼女がいた
彼女はとても優しく、平凡で普通の娘だった
僕も彼女もケンカするのが嫌だった
毎日楽しくすごせたらそれでいいと思っていた
だからだ
だから嘘をつかないといけない時もある
次の日僕は合コンに誘われていた
合コンなんてものになんの魅力も感じない僕は、最初は断っていたのだがどうしてもという上司の押しに負けた
上司は、もし彼女とモメるのであれば、自分をアリバイに使ってもいいと言っていた
彼女はなんでも許してくれる
勿論浮気などは論外だが、合コンにいくくらいは許してくれるのだ
でも明日は違う
もともと彼女と約束をしていたのだ
映画を観る約束だったし、彼女とは一緒に住んでいるので、『いつでもいける』という思いが、上司からの誘いをOKにした
彼女との約束を守らずに予定を入れてしまうなど、さすがの彼女も怒るに違いない
そう思い、僕は思考をかけめぐらせた
上司と呑んだ帰りのタクシー
僕と上司は家が近かったので、上司の家でタクシーを降りた
いつもはそのままタクシーに家まで回ってもらうのだが、その日は何故かそこで降りる事にした上司の家から歩いて10分
坂を下っていくと出てくる自転車屋の隣がウチのマンションだ
遠巻きにシャッターの降りた自転車屋をみながら坂を下っていく
僕は明日の事を考えた
彼女にはなんて言おう
仕事が入った、接待にいかないといけなくなった、等
理由はいくらでもある
勿論上司が言っているので、アリバイに上司を使ってもいい
嘘はついてはいけないのではなく、つくのならバレてはいけない
そう思っていきてきたので、嘘をつくなら絶対バレてはいけない
バレたくない
『仕事が入った』がいい
仕事だし、それで生計をたてている、上司も協力してくれると言っているし、まずバレる事はない
仕事が終わって『一杯ひっかけてきた』と言えば酒の臭さも言い訳がつくだろう
ただ、問題なのは『予定をなくした彼女が、友達と呑みに来て現場をみられる』というリスクだ
彼女はお酒が好きだし、近所に呑み友達も多い
それでバレる確率は0ではない
という事は『接待にいかないといけなくなった』がいいか
これも、仕事そのものよりは弱いが一応仕事だし、もし現場ではち合わせてその場に女の子がいてもこっちは予約を入れて個室にいるので特に問題はない
上司に『偶然彼女がきていた』と言って帰ればいいだけだ
ただ、店から出る所や、二次会に行く現場をみられる可能性もある
そうなると話は別だ
男女同じ人数でワイワイやりながらカラオケに入って行く所をみられたら接待ではすまない
さてどうするか
どんな嘘をついてもバレる確率は0には出来ない
最悪なるべく0に近ければいいが、その案も思いつかない
でもよくよく考えたら彼女が急遽呑みに来て、店がカブる可能性もずいぶん低い
彼女がよくいく店というわけでもないし、女子が数人で静かに呑む場所でもない
一時間おきくらいに電話をして、彼女を心配しているフリをして動向を伺うという手もあるが、普段そんな事をした事がないのでかなり悪手のような気もする
どうする
『たまたま店がかぶったりするわけがない』にかけるか
それでもいいくらいの確率の低さだ
そうだ
彼女の性格もある
彼女は確かにお酒は好きだが、暇だからといってわざわざ友達捕まえて呑みに行く程呑んだくれではない
むしろ普通の娘なので、家でテレビを観て9時くらいには寝るだろう
どちらかと言えばおっとりしているので、早めに寝てしまう
そう、よくよく考えたら、彼女はこんな事で怒る娘ではない
なんでも『いいよ』と言ってくれるし、たまには怒る事もあるが、それをひきずる娘でもない
そう考えたら、僕にとって嘘がバレた時の方が恐いわけで、合コンに行けない事など大した問題ではないのだ
上司に嘘をついた方がバレない確率は高い
そう思って僕は
彼女に嘘をつかない事にした
嘘がバレない方法は
嘘をつかない事だ
そう思った頃には自転車屋の前を過ぎ、マンションの前まで来ていた
10分間、偶然とも言えるような運命は、僕に考える時間を与えてくれた
エレベーターに乗り、いつもの自宅の玄関へ
ドアを開けるとそこには彼女がいた
僕が『ただいま』と言うと
彼女は『おかえり』と言った
こんな当たり前の事をこの瞬間とても嬉しく感じる事ができた
これも10分間の坂道が、僕に嘘を思いとどまらせてくれたおかげだ
よかった
僕は嬉しくなり、彼女を抱きしめたくなった
僕が手を伸ばした瞬間
彼女はこういった
『明日仕事が入っちゃって、映画いけなくなったのよ、ごめんね、その後ちょっと上司と呑んで帰るから、ちょっと遅くなっちゃうかも』