「カラス」
彼は僕になんて全く興味がなかった
僕がこの家に買われてきて数年間、テレビの横にかざられっぱなしだ
自分の肩掛けカバンとイモウトにしか興味のない彼が、ちゃんと僕を『ヌイグルミ』として扱ってくれる事なんてなかった
それでも僕は全てを見ていた
彼の行動の全てを
それを見ていたのは僕だけではなかった
いつも来るカラス
カラスと僕は
彼の行動の一部始終をみていた
幼い頃に母を亡くした彼は、唯一母から貰った肩掛けカバンを大事にしていた
というより、その肩掛けカバンが彼にとっての全てだった
その肩掛けカバンにはなんでも入った
僕には理解不能なのだが、どうやら彼はカバン土を入れて土に埋めたらそれは『はみ出ているだけ』で、地球が入ったのと同じという発想だったようだ
彼はコミュニケーション能力が皆無で友達がいなかった為、一応大学生だったのだが、ほぼ毎日そのような事をして暮らしていた
その事はあのカラスも知っている
ある日突然彼にはイモウトが出来た
俗にいう『再婚』というやつを、彼の父親がしたらしい
五つ下のイモウトは、それはそれはかわいらしく、天真爛漫で活発な娘だった
僕も一つ間違えればあのような娘の所に貰われていたのかも知れないと考えると、この世の無情さを感じざるを得ない
彼はすぐに、そのイモウトに恋をした
いつも明るく接してくれるイモウトから、生まれてきて唯一の味方だった母親を感じたのかも知れない
理由はともあれ、彼はイモウトに恋をした
しかし、他人とコミュニケーションをとる事が出来ない彼は、その愛情を表現する事が出来なかった
いや、厳密に言えば愛情を表現する事は出来たのだが、その表現方法が他人に伝わるものではなかった
コップに入った赤いペンキをかけたり、イモウトの足跡をなぞって歩いたり、小石を『イモウト』として沢山集めたりしたが、その愛情はイモウトには伝わらなかった
ある日彼は、そのやり場のないどうしようもない愛情をイモウトにぶつけた
突然イモウトに殴り掛かったのだ
イモウトは悲鳴をあげ、家中を逃げまわった
彼は喜んだ
初めてイモウトとコミュニケーションがとれた
逃げ回るイモウトをおいかけまわして、彼はイモウトを殴り続けた
嬉しかったのだろう
自分の起こした行動に反応するイモウト
彼はそれを会話と勘違いした
彼はそのまま殴り続け、イモウトを殺した
イモウトをバラバラにし、肩掛けカバンに入れた
この後
彼が何をするつもりなのかも僕にはわかる
海に身を投げて
一緒に行くんだ
彼の肩掛けカバンに
カラスも多分
この事は知っていた