「地図」

 ぺりぺりと薄皮をはぐように皮膚をめくっていたら、地図が浮かび上がってきた。自分の身体にそんなものが隠れていたなんて知らなかったから、ものすごく驚いた。
地図にはまったく見たこともない世界が描かれている。気になるのでもっともっとぺりぺりと皮をはいだ。地図は途切れることなくわたしの身体の上に広がっている。しかしどこの地図なのかわからないので実用性もない。さらに調子に乗ってはいでいたら、皮膚がべろべろにめくれてしまった。肉がむきだしで、その上に地図が描かれている。痛くはないが、風が吹くと少しひりひりとする。むきだしの肉は見ていられないくらいにグロテスクだ。これではいよいよ外に出られそうにない。それは重々理解しているのだけれども、つい続きが見たくて皮をはいでしまう。
 そもそも最初は気がついたら、腕の一部が逆むけみたいになっていたので、それを取ろうとしたら、ぺろんとめくれたのだ。あまりに簡単にむけていくので、どこまでいけるか楽しんでいたら、こんなことになってしまった、というわけだ。

 結局、わたしは半分ほどの皮膚をむいた。そしてめくれたところには地図の続きが描かれていた。おどろおどろしいむき出しの肉の上に描かれた海と大陸と島。半島があって、大陸の中に大きな湖がある。ちゃんと調べれば、そうした細かいところもはっきりとわかる。これは架空の地図なのだろうか。この地図通りの場所が実際に存在するのだろうか。わたしはまた少し、腿のあたりをぺりぺりとはいだ。そこは大きな大きな海だった。
 はいだ皮のほとんどは床に落ちている。乾燥したぺにゃぺにゃのほんの少し前までわたしのものだった欠片。それはもはやわたしのものではない。かつてわたしの一部であった皮膚は、もうわたしではなくなっている。軽い自己喪失の感覚に一瞬、頭と身体がふらつく。わたしはむいた皮膚を手で拾い集めて、ゴミとして捨てた。はいだところとまだはがれていない境界線の皮膚が何かの拍子でぽろぽろと落ちる。また少しだけ肉の上に新しい世界が浮かび上がる。

 はぐのも皮を拾うのも一旦やめて、会社に電話をかける。しばらく出勤できないと伝えると、相手はかなり戸惑った反応を見せた。最後のほうでは話が通じずに、腹を立ててすらいた。上司に変わって同じことを話しても、やはり腹を立てられた。怒鳴られもした。それも仕方がないだろう。突然仕事に行かないと断言するなんて、頭がおかしいと思われたに違いない。しかしそう思われたほうが好都合だ。ますます仕事に行かなくて済む。
わたしは頭がおかしい以上のものを抱えている。わたしの身体にはまだ見ていない世界がある。下半身はまだ地図の続きが隠されているはずだ。わたしはこれから下半身の皮をはがして、肉をむき出しにするだろう。とにかく地図が見たかった。わたしの大陸。わたしの海。わたしの山。それに、川、湖。森や砂漠。世間体に構っている場合ではない。わたしには発見しなくてはならないものがたくさんある。世界は広い。そしてわたしはその広い世界の一部であり、あるいはそのものでもあるのだ。地図は、世界は、あらゆるところに潜んでいる。わたしは下半身の皮をはぐことに取りかかる。ぺりぺり。わたしは口ずさみながらわたしの皮をはぐ。新しい世界がのぞく。ぺりぺり。地図に描かれた世界に行ってみたいのに、わたしはそのすべを知らない。

▲上まで戻る