「民主主義と筋肉」
狭い会議ルームの中で屈強な男たちと同席することになったのだが、わたしはひょろひょろとした体型でおまけに色白だから、何とも気分が落ち着かなかった。男たちは半裸に近く、胸当てや肩当て、かぶと以外の部分からはこんがりと日焼けした肌がのぞいていた。一様に口ひげをたくわえ、筋肉も隆々としている。そんな男たちが密着するほどにひしめき合っている。空気が薄いのか息苦しいし、男たちの身体から受ける重圧のせいで、わたしはくたくたになっていた。
ここに男たちが集まったのは、年末の大ポチョモルスキーぶん投げ祭について話し合うためだった。わたしたちの地域では恒例の行事らしい。そこで時間に余裕がありそうな成人男子が集められたのだが、どこにこのような男たちが残っていたのか、と驚かずにはいられないほど、頑強を絵にしたような者ばかりが集まった。会議部屋は町の中心にある14階建てのビルの中にあった。彼らは汗でてらてらとした腕を押し付け合っている。気分が高揚しているようだが、もはやここには戦いなどない。わたしが住んでいる地域はビジネス街のど真ん中にあるのだ。
わたしは昨年引っ越してきたばかりで、祭についても中身をよく知らないまま、案内に従って、話し合いに参加した。そしたらこの始末だ。わたしは日ごろ家にこもり、へそを掻く仕事をしていた。この道では知らないものはいないだろう。それくらいわたしは一流のへそ掻きだった。だからこそ、大都会の中心地に引っ越してくることができたのだ。わたしは日々、部屋でへそを掻いていた。わたしはひょろひょろとした体型ではあるが、へそだけは立派なのだ。あまりに立派すぎて、わたしを産んだときに母のほうが泣き出したくらいだ。
祭の案内が届いたのは秋の終わりごろだ。選ばれた住民だけにしか案内していないので、是非とも参加して欲しいとのことだった。祭を成功させるために知恵を借りたい、とも記されていた。それでわざわざ出かけてみれば、この結果。筋肉馬鹿だらけだ。知恵ってやつはどこに行ったんだ。
熱気こそ溢れていたが、男たちは話し合い自体にはほとんど参加していなかった。ただぎゅうぎゅうに筋肉を押し付け合うばかりだ。進行役の黒服姿の男だけが必死で喋っている。屈強な男たちは誰一人として協力的ではなかった。進行役の男に同情したが、そいつもまた筋肉がむきむきだった。わたしは泣きたくなった。二度と祭には参加しない。できたら、すぐに引っ越したい。
会議では、大ポチョモルスキーをぶん投げる、投げ男を決めようとしていた。大ポチョモルスキーぶん投げは祭のピークに行われるもので、重さ100キロ近くもあるポチョモルスキーをたった一人で高さ10メートルもある巨大みこしの上から地面へと投げつけるらしい。落下した衝撃でポチョモルスキーがばらばらになり、その音の大きさ、飛び散り具合で、今後一年の五穀豊穣を占うのだ。もはや五穀だの豊穣だのとは関係ないビジネス街なのだが、それもまた伝統というやつなのかもしれない。
進行役が誰か自薦する人はいないかと訊いた。室内に溢れている筋肉自慢の男たちは誰も手を挙げなかった。それどころか揃ってわたしのほうを見た。しかし誰も何も言わない。ただわたしを見ているだけだ。沈黙が室内を覆う。わたしは筋肉男たちのプレッシャーに負けて自ら手を挙げるようなことはなかった。
それではこの中から誰か選ぶことになりますが、推挙する人はいますか、と進行役の男が尋ねる。ぎゅうぎゅうの会議室の中は汗だか何かでじっとりとしている。会議室にいる男たちが一斉にわたしを指差した。わたしはひいいと声をあげた。おぞましいとすら思った。進行役の男がわたしの名前を呼んで、誉れある今年の投げ男が決まりました、と言った。男たちは皆、満足そうに頷いている。わたしはすぐにでも引っ越したかった。今すぐにでもこの地域から脱出してやりたかった。わたしは部屋の中でおとなしく、ただへそを掻いているだけでいいのだ。そういう生活をしたいのだ。
投げ男が決まると、男たちは今まで以上に身体をぎゅうぎゅうと押しつけてきた。部屋がものすごく暑い。誰かの汗でわたしの身体もねっとりと濡れている。進行役の男が祭の段取りについて詳しく説明する。男たちは誰も話を聞いていない。大量の筋肉に押される身体が痛い。男たちがどんどん力強く身体を押しつけてくる。わたしのか弱い筋肉が悲鳴をあげている。わたしの筋肉が、会議中だというのに、泣いている。
わたしはこの後、多分、ジムに行くだろう。