「振り返らない女」
決して振り返らない女がいた
物心ついてから彼女は一度も振り返った事がなかった
後ろから誰かに声をかけられたら、左折を四度繰り返して自分が後ろに回ってから声をかけ直すし、何かモノを落とした時は四度左折を繰り返してるうちに誰かにとられてしまう可能性があるので、すべてのモノにストラップをつけていた
彼女がここまで振り返らないのにはワケがあった
幼少の頃、母と約束していたのだ
決して振り返ってはいけないと母に言われた女は、その時海岸に置き去りにされた
母との最後の約束を破るのが怖いのか、そこに母はいないと認識するのが怖いのかは誰にもわからない
決して振り返らない女は、当然のように過去も振り返らないのだ
そんな女にも、ついに男に告白された
目を離さない男だ
男はこれと決めた事から目を離さない
男が目を離す時は、トイレと食事の時か、もしくはもう見ないと決めた時だけだ
目を離さない男は、一年間振り返らない女を見続けた
そして今日、ついに告白する時がおとずれた
男はドキドキしながら、振り返らない女に告白した
『ずっと本当にアナタだけをみてきました、付き合って下さい』
女はびっくりした
産まれてから二十二年間で初めての事だった
こんな私を好きになってくれる人がいるなんてと思った
女はそんな男を一目みようと思い、左折した
目を離さない男も左折した
女はさらに左折した
目を離さない男もまた左折した
数回繰り返し、元いた場所に戻ってきた女は、誰もいなかったのでイタズラだと思った
がっくりと肩を落とした女は家路についた
目を離さない男は答えが聞きたかった
せっかく勇気を振り絞って告白したのに、答えもないまま終わるのはいやだ
そう考えた
それからまた一年が経った
状況は変わらず、何度か告白はしたものの、彼女の返事は貰えていないままだ
男は手紙を書く事にした
思いのたけを書き綴った、とてもいい文章が完成した
これ受け取って下さい
とある秋の日の帰り道で、彼は二十六回目の勇気を振り絞った
女は手紙を読み、とても嬉しく思った
女は男の顔が見たいと思い、その想いを伝えると左折した
しかし、女の要望が伝わらずか伝わった上でか、男もついてきた
女は、私は振り返らないのでその場で待ってて下さいと男にお願いした
男は、僕は目を離したくないから着いて行くと答えた
二人は一区画を左回りにグルグルと周りながら話をした
話をしたが、ラチがあかないので女が折れた
アレから五十年
ずっと二人は一緒にいたが、結局女は写真でしか男の顔はみれなかった
セックスもバックのみだ
割と長生き出来た事を女に感謝した男はその日に自殺した
女から目を離さない為に