「不思議と君は」
不思議と君は、手に入れたグローブを捨てた
気に入らなかったのかと訪ねたら、君は利き腕のグローブを買ってしまったと言った
熱い夏
つけっぱなしのテレビは高校球児達を映している
飲みかけのコーラから流れ落ちる雫は、高校球児達から流れ落ちる雫とは違いいかにも涼しそうだ
暑そうな雫、涼しそうな雫
不思議と君は、捨てたグローブをもう一度拾いにいった
どうしたのか訪ねたら、君は利き腕で取り、利き腕じゃない方で投げる練習をすると言った
蝉が鳴く
僕の音を奪い、僕をこの世で孤立させようとしているかのように蝉は鳴く
それに負けじと赤子が泣く
自分の生命の存在を知らしめるかのように赤子が泣く
普段は鬱陶しい赤子の泣き声も、この時ばかりは孤立していた僕に一人ではない事を教えてくれる
不思議と君は、長く使ったグローブを押し入れにしまった
もう野球はしないのか訪ねたら、事故で足が動かなくなったからもう出来ないと言った
したたり落ちる高校球児の汗、コーラの雫、蝉の声
僕はもう野球は出来なくなった
だから今
息子の利き腕を左に矯正している所だ