「ハードワーク」
昼夜を問わず働き続けたが、いつまで経っても仕事が終わらないので、ついに職場でぶち切れてしまった。わたしは山のように積まれた資料の上にあお向けに倒れて、本格的に眠ってやることにした。時刻は午後の二時で同僚たちもまた忙しそうに働いていたが、構わない。わたしだって丸々一ヵ月も眠らずに働き続けてきた。いくらこなしても仕事は尽きず、次々に別の新しいものが降ってわいてくるのだ。
数々の資料が積み重なった中に身体を沈めていると、仕事場は決してうるさくはないが、絶えず誰かが動いている気配が感じられた。そんな気配らしきものはいくつもの層となって重なっていく。紙の角が頬にあたって痛い。しかしわたしはもはやここから一歩も動きたくなかった。目を閉じてこの書類の山から離脱したい。うとうとと意識を失いかけながらも、一ヵ月以上にも渡った不眠不休の戦いに思いを馳せていた。
誰もわたしを起こさなかった。彼らは彼らでわたしに構っている余裕はないのだ。意識の際で、誰かのため息、大量の資料をめくる音、書類を机の上で整える音などなどが聞こえてくる。もはやわたしは離脱した戦士だった。安らかな休息を迎え、戦うことをやめる。こんな仕事は人間に課されるものではない。わたしたちは機械ではないのだ。眠りながら、わたしは労働環境を呪った。その劣悪さ、人権を無視した仕事量に、無言のシュプレヒコールをあげた。もちろん社内の誰もそれに賛同しなかった。わたしは眠っていたし、彼らは尚も大混乱の渦中にいるのだ。
わたしたちのオフィスに大量の仕事が舞い込むようになったのは、国王が死んでからだ。国民の誰からも愛されていた国王は自らナイフを胸に突き付け、その命を絶った。国民は国王の死を心から悲しみ、国をあげての大がかりな葬儀が催された。
直接国王の死とどのような関係があるのかはわからないが、喪があけて、再び仕事を開始した途端、わたしたちの会社は急に忙しくなった。オフィスの電話は鳴りやまず、ファックスも休む間もなく届き、パソコンのメールボックスにも次々と未読メールが増えていった。仕事の依頼に関連する資料が配送され、段ボールの箱がオフィスのスペースに積み上げられた。わたしたちはあらゆる仕事を振り分けられ、手当たり次第に取り掛かる。まずは資料を読むことから始めなくてはならなかった。おおよそわたしたちの会社とは関係のない仕事の依頼も多かった。わたしたちはあらゆる意味でエキスパートになることを求められた。
国王の死までは、オフィスはいつだってざわついていた。社員全員が暇を持て余し、雑談でもしないことには定時まで持たなかったのだ。中には毎日まいにち、一人で延々とトランプ占いをしている同僚もいた。パズルを自ら作るものだっていた。暇を潰すために、わたしたちはあらゆることをやってきた。オフィス内で不倫だってした。乱交パーティーのようなものだってあった。牧歌的でピースフルな時代だ。
しかし今やざわつきは別の種類のものと変化していた。わたしたちは急激な多忙にも対応して、仕事をこなしていった。それでもこちらが処理するペースよりも速く、新しい仕事が増え続けていく。わたしは一ヶ月もの間、休みなく働いた。文字通り、休みなく、仕事にかかりきりだった。
わたしが眠りについてからもオフィスには怒涛の勢いで仕事が舞い込んできている。もはや専門外という概念はわたしたちには存在しないのだ。ありとあらゆる仕事をこなしていく。依頼はついに医療の分野にまで及んでいる。おかげで医療書から最新の論文まで読まなくてはならない。誰かが地下鉄の工事を任されている。3D映画の撮影に駆り出されてる社員もいる。それも俳優として。誰かがヤクザとしての仕事をこなしている。それも鉄砲玉として。そうした仕事にもご丁寧なことに分厚い資料が送られてくる。担当した者は読みこんでから現場に駆けつける。もはや活動の場所はオフィス内だけではなくなっていた。それはやがて国外にも及ぶだろう。
しかしわたしは大量の資料の上で眠る。眠りにつくまでは身体のあちこちがかゆいし、筋肉は凝り固まっていた。ここ一ヵ月まともに鏡を見ていないが、おそらく髭も髪も伸び放題だろう。げっそりと痩せたわたしの身体の上に新しい資料が積まれる。最初は掛け布団みたいな程度だったものが、次第に重みを増していく。わたしはそれでも目を覚まさない。もうここから一歩も動かないと決めたのだ。わたしはただ眠りたかった。尚も資料が積み重ねられていく。オフィスにはまだまだ仕事が舞い込んでくる。愛すべき国王が死んで、わたしたちは忙しくなった。延々と続く仕事に追われている。終わりは見えない。離脱したわたしは大量の資料に挟まれる。もはや仕事の資料は大きな塊となって、わたしはそれに押しつぶされる。オフィスでは尚も電話が鳴っている。